もうひとつのドットのどくご

どんなもんだ!って笑い飛ばせるように

はじまり。

お母さんがガンになった。

 

4月の終わり。胸にしこりがあるという。乳がん検診受けなさいと言い、すぐに予約する。

 

5月。連休明けてしばらくして。結果が芳しくなく精密検査となる。行った先で大きな病院を紹介される。後日さらに詳細な検査。

 

受診までの何もできない、ただ待つだけの時間、これが結構ボディブローみたいにきいた。私も母も。

 

6月。中旬。やっと確定診断。治療方針を相談するも手術待機にしばらくかかると別の病院を提案され、紹介状を書いてもらう。ちょっとバタバタしたけど結果、紹介先の病院もすぐ受診できた。手術の日も決まった。この数日はあっという間だった。

 

ところで、私の叔母、母にしたら義妹が去年乳がんで亡くなっている。術後3年での再発、転移を経て。その叔母と同じトリプルネガティブ。叔母は一番はじめに判明した時ステージ3でリンパ転移もあって母はステージ1なのだけど。ずっと、本当の妹のように付き合ってきた叔母と事あるごとにいろんな話をしていたし、最期本当に苦しんでいた姿をみているし、トリプルネガティブという単語が母に与えたショックは大きかったと思う。私はステージ1で転移も見つかっていないことを喜びたい。と思う。

 

でも気を抜くと泣きそうだ。

 

母の死を想像して、というよりは近い未来の生活がどうなっていくんだろうという気持ちで。かな。みんなが優しいから。かな。

 

私は元気だ。

 

変わりなく仕事しているし、アイドルの応援もしてる。見たいテレビがたくさんあるし雑誌も本も読みたいものがたくさんある。もうすぐ久しぶりの観劇に行ける予定もあるし、かっこいいかわいいおもしろい最高と大好きな人達に心が躍る。ご飯も食べてるしまぁ眠れてる。

 

でもなんとなくどこか気が重い。この先の生活で私の役割が増えるであろうことはなんともない。むしろ私がやれることはなんでもやりたい。やれる体力もあると思う。だけど虚しさなのか恐怖なのか嘆きなのか心の澱が前より増えてしまった感じがする。漠然とした不安に覆われている。そりゃそうなるでしょと冷静に思う自分もいる。変な感じ。

 

はっきりと診断される前も、実際に診断を突きつけられた直後も、母からふと出てくる言葉はどうしたって叔母の経過に裏打ちされたマイナスなものばかり。当然だろう。これからこういうことをずっと聞くことになるのかと思うと気が滅入るところはある。仕事では割り切ってとことん聞けることも身内となるとまだ序章なのにすでにこんなにしんどいのかと途方もない気持ちにもなる。叔母の敵討ちだと思って頑張ると言ってくれた時は少しほっとしたけど、母の心情を思うとそれはそれでなんとも言えない気持ちにもなるし。きっと私にも話せない本心とか私も家族には話せない本心とかもっと出てくるんだろうな。と思う。

 

ただ、手術の日程が決まった日、手術できることが確定した安堵か、その先の治療も少し具体的に想像できてほんのちょっとだけでも気持ちが落ち着いたのか、ただ入院の準備でいっぱいで頭の中にぐるぐる考える隙間がないだけか、この日はなんだか前向きにみえた。

 

ここから本当にいろんなことが起きていろんな感情になってたくさんしんどいことも待っているんだろうけど、安静にしなきゃいけない検査の待ち時間用に丸ちゃんのanan持ってってた母なので、そのくらいのゆるやかな心持ちで向き合ってほしいなと思うし、私もできればゆったり寄り添いたいなと思う。

 

こういう自分のぐるぐるめぐる思いを誰かに聞いてほしいけど今はなかなかそれも難しい。

 

だから自分の覚えのための経過記録と、自分の心の中を吐き出すつもりでここに記事を残していこうかなと思う。